2021年5月28日金曜日

白内障記

 赤星隆幸医師の執刀で白内障の手術を受けた。まず左眼を、続いて右眼を。全部で10分も要しなかったと思う。

無事手術が終わり、点滴装置などをはずし、ガウンとキャップをぬいで保護用ゴーグルをつけてもらって、先ほどまで何時間かを過ごした待合室にもどると、同じ空間が輝いていた。くすみを拭き取ったみたいに色鮮やかで、眼にくっきり映じて見える。過去にはこうして見えていた。記憶に残らない幼い日の眼にはさらに鮮やかに映じていたろう。

翌朝の快晴の光の中にあると、鮮明さがあふれかえるほどで、視界のすべてをあらためて確認するように眺めた。

その夜楽しみにしていた皆既月食は曇り空でほとんど見られなかった。時折雲が薄れたあいだから、赤い月が欠けた姿をのぞかせるばかり。

 

赤星医師の独自に編み出した手術法は、わたしのほうでしっかり頭にたたきこんでいて、手術台の上で自分の目に何が起きているかをたどっていた。あとで思い返すと、手術の流れと平行して、自分が空中を移動していたというふうに感じられた。一連の流れについては、空港で飛行機が離陸するプロセスとして捉えられた。(よく知っている羽田のように大きな空港で、機がつぎつぎと、一連の流れになって離陸していくさまが連想されたのだ)。

手術を待つ6人ほどが手術室の扉の見える待機室に坐らされ、点滴と血圧用ベルトを取り付けられて、定期的に麻酔薬を点眼してもらいながら、順繰りに、手術を終えた人と入れ代わるように手術室に移動していく。ひとりひとりが離陸待ちの飛行機だった。過密状態の空港で、決められた滑走路から離陸するまで、機が移動しながら順番待ちしているといった光景。

手術台に横たわった時点では、すでに離陸していたと言える。

角膜に1.8ミリの切り込みを入れ、そこに小型の器具を差し込むところから手術が進められる。白内障の根幹である水晶体内部を切り分け、乳化させて吸い取る。空になった水晶体の袋の内部に、畳んだ状態の眼内レンズを挿入し、開かせる。

一連の驚くばかりの手法については、幾度も読んでわかっていたはずだ。だが、当然ながら、それが自分の身に起こっていることとして感じられない。

わたしは宇宙船の中にいた。そこの狭い窓の外に星雲を見た。ぎらつく光のなかで雲状の渦が巻き上がっている。何億光年ものかなたにある星雲に目をこらした。--星雲とは宇宙空間に漂う、重力的にまとまりをもった宇宙塵や星間ガスなどから成る天体のこと。(Wikipedia)--

つぎの瞬間、星雲は雲散霧消して、目前は明るい平面に変わっている。着陸したのだ。

手術完了。そこで起こしてもらい、立ち上がると、日常世界が待ち受けていた。色鮮やかに変化をとげた待合室だった、新しい眼がとらえたのは。

 

別の角度からの印象も付け加えておく。あのひんやりとした手術室は食肉処理場のミニチュア版のようでもあったなあと、ちらと思った。


らせん星雲(みずがめ座)