2016年3月7日月曜日

デンマークのフェリー航路

またもや小説『犬に堕ちても』から続く話題。連想が連想を生んでいく。

 この作品で作者ヘレ・ヘレはスカンジナビア5カ国をカバーする文学賞を受賞し、評価が高まるのだが、じつはその前の小説『ロズビュ=プットガルデン』で十分にデンマーク人の琴線に触れていた。

ロズビュもプットガルデンも地名。デンマークとドイツを結ぶ連絡船の発着港だ。コペンハーゲンから陸路で「ヨーロッパ」に向かうには、この最短経路をとって、ドイツのハンブルクをまず目指す。列車はデンマークの南、ロラン島南端のロズビュ港で待ち受けている大型フェリーの胴体に吸い込まれ、乗客は対岸ドイツのプットガルデン港に着くまで、車両を出て、船のラウンジや甲板でひとときの船旅を満喫することができる。
Rødbyhavn(ロズビュ港)

ヘレ・ヘレはロラン島で生まれ育ち、ロズビュの港やフェリーは身近な世界だったろう、前作の小説は、船内で香水を売り歩く姉妹の話で、自分の体験を織りまぜているとか。

この航路もいずれ陸路に置き換えられることになっている。コペンハーゲンのある島とスウェーデン南端を結ぶフェリー航路が、海底トンネルと洋上橋に置き換わって一大経済圏ができたように、いずれドイツに対しても挑戦するはずだ。でも、EUが難民問題を抱えるようになった今、どういうことになるか。

アイスランド女性ヴァーラと知り合ったのは、このハンブルクに向かう列車内だった。

1989年6月、わたしはコペンハーゲン発ウィーン行きの列車のコンパートメントにおさまり、目的地ハンガリーの旅行案内書に目を通していた。出発まぎわ、わたしの真向かいにすわった女性がアイスランド人とわかったとたん、はじけるように会話が始まった。
「留学時代、わたしの先生だったHKのこと知ってる?」「個人的には知らないけど、もちろん名前は知っているわよ。仕事上の差別の件で訴訟を起こしたりして」
「今、日本はアイスランドからものすごく海産物を買い付けていて、直行の航空便で運んでいくんですってよ。そういえば、あのとげとげの生き物、英語で何ていうんだっけ?」「ウニね。urchin」「ちょっと、ここにスペルを書いてくれる?」

当時の日本はまだバブル景気を楽しんでいた。

ヴァーラは養護学級の教師をしてきたという。アイスランド人としては例外的な出自だった。ハンブルクでオペラ歌手をしていたアイスランド人の父親と、同じくオペラ歌手だったギリシャ系ドイツ人の母親のあいだに生まれた。第二次大戦末期、空襲がすさまじくなったハンブルクを逃れて、一家はアイスランドに引き上げてきた。だから、彼女はアイスランドで適用される父称(男なら「父親名の所有格+ソン」、女なら「父親名の所有格+ドッティル」)を持たず、ドイツで登記された姓--父親の父称のクリスチャンソンをそのまま受け継ぐことになった。

列車がロズビュ港でフェリーの内部に納まったあと、わたしたちは船のカフェテリアで軽食を調達し、穏やかな内海の、揺れひとつ感じない甲板に出て話を続けた。

わたしがこれからハンガリーに行き、そこで夫と落ち合って、現地の民俗音楽を体験するつもりだと言うと、ヴァーラは自分の息子がロック・バンドをやっていることを話し始めた。
「わたしの好みの音楽じゃないんだけど、アイスランドの外でも知られるようになってきたのよ」
「何ていうバンド?」
Sugar Cubes
「あはは、molarsykurときたね。で、息子さんの名前は?」
Einar Örn

その後、こういう固有名詞が日本で流通するようになるとは思いもよらなかった。Björkビョルクという歌姫の名前とともに。


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