2016年3月15日火曜日

悪夢からカフカの『変身』へ

前ブログより続ける。

それにしても、こういうあせりの夢を見たあとの疲労感は尋常ではない。身体の動きがままならないと、日頃やりなれていることをするだけでくたびれ果てるようなものだ。

昨年のこと、カフカの『変身』を多和田葉子の新訳(すばる20155月号掲載)で読んでいたとき、この疲労感がよみがえってきた。


ある朝、目覚めると、自分が今までの自分ではなくなっている。過去の幾多の翻訳では、「毒虫」だの「甲虫」だのとされて、人間大の虫、となると、気色悪いというしかない存在になってしまった主人公グレゴール。
多和田訳では「寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっている」。

何に変身したにせよ、当の本人が持て余す体型は、当人の実感にもとづく描写を頼りに推しはかるしかない。
まず、腹部は細い板状で、曲げられる作りになっている。つぎに、背中は固く、丸みがあって、仰向け状態から身を起こすのに難儀する。さらに、両側には小さな脚がずらりと並んでいる。その脚でもって天井に張りつくことができる。
そんな体でグレゴールは、起床に始まる自分のふだんの細かい動作ができないことをいちいち実感する。

若い人に重しをまとわせて、老人の体を体験させると、その大変さをわかってもらえるそうだ。でも、虫の姿になったら何ひとつできやしない。

日常生活を拒む体の動きにくさ、生きにくさが『変身』という小説の主眼としか言いようがない。

以下はわたしの思いついたこと。「グレゴール幼虫説」とでもしておこう。
グレゴールがどんな虫に変身したにせよ、それは成虫ではない。幼虫だ。もちろん、ぶよぶよと太った芋虫などではない。どうやら、図鑑の写真や説明をもとに、甲虫類に属するシデムシの幼虫と仮定してみると、かなり納得がいく。体長は3㎝くらい、黒光りして、見るからに固そうだ。昆虫なので、脚は6本しかないのだが。さすがに芋虫などとちがって、すばやく走るそうだ。その名のとおり、小動物の死骸を食物としている。

幼虫は成長してサナギへと変わり、そこから羽化・変身して成虫になる。
だが、グレゴールは満たされない幼虫の時間を過ごし、空洞のサナギとして何ものにもなれないまま生命を終える。


0 件のコメント:

コメントを投稿