1997年4月16-20日、記念館で「カーレン・ブリクセン国際会議」が開催された。プログラムの表紙を書き写しておくと
Karen Blixen - Out of Denmark, Rungstedlund
16-20 April 1997
Hosted by the Danish Literature Information
Center
In collaboration with the Karen Blixen Museum
and Louisiana, Museum of Modern Art
そこは各国のブリクセン/ディーネセン翻訳者が一同に会する場として設定され、数多くの研究者の発表の場でもあった。ブリクセンの伝記の決定版を著したジュディス・サーマン氏も来ていて、さながらブリクセン本舗の総支配人であるかのように一目置かれていた。わたしは日本語翻訳者として正式招待され、本物の実り豊かな世界で大いに刺激を受け、得難い体験ができた。
このときのことは材料が山のようにあるので、あとで順次展開していく。
会議が終わって、スウェーデンの友人を訪ね、そのあとコペンハーゲンで夫と合流してからフィンランドに向かい、ヘルシンキで音楽ビジネスをやっている友人と再会した。
当時わたしはヨーロッパ民俗音楽の「おっかけ」をやっていて、いずれその話題もブログに上げていきたい。
帰国して間もない頃だった。友人のみやこうせい・児島宏子氏夫妻の自宅に招かれた。そこには共通の友人たちも来ることになっていた。都内で小出版社を営んでいるそのふたりから前もって、「引き合わせたい人」がいると聞かされていた。それは彼らの旧友であり、横山貞子氏の古くからの友人だという。
今ではもう苗字は忘れてしまったが、名前はやはり貞子さんといった。フリーの編集者をしているとか。
みや・児島さん宅では、編集者の貞子さんが修道女のように(あるいは審問官のように)ミッションを胸に抱いて待っていて、すぐさま直球を投げて寄越した。
「ずっと前に山室静が翻訳した『ノルダーナイの大洪水』という本のことはご存じですか?」
「もちろん。その本が出た70年、わたしは大阪外国語大学でデンマーク語を専攻していて、当然すぐに手に入れましたよ。その年、アイスランドに留学することになって日本を離れたので、長らくそのままになってしまったのですが」
「横山貞子さんとその周辺の人たちは、その本に魅了されて、この作家をぜひ自分たちで紹介したいと語らい合ったのです」
「あの本はブリクセンの『七つのゴシック物語』と『冬物語』のそれぞれから選んで、6篇のアンソロジーに編んだもので・・・」
だが、そうやって話題をふっておきながら、この人は本の内容について語るつもりなどなかったことが判明した。きっと興味すらなかったろう。わたしの言葉をさえぎるように、引きつった声で自分のミッションをもろにぶつけてきた。
「当時、そういう人たちがいたということをもっとお考えになってはいかがですか?」
わたしは完全にキレた。さっきの5倍くらいの迫力で
「もうそんな段階ではないでしょ!」とすかさず言い返した。
編集者の貞子さんは一瞬プルッと身震いして背筋を伸ばしただけで、そのあと何も言わなかった。
わたしも二度とその話題を蒸し返すことなく、みなでなごやかに食卓を囲んだ(はずだ)。
だが、あの時、あの場面の図柄は一瞬にして読み取ることができ、あとになってそれをいろんな舞台背景に置いて反芻することになった。
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