2016年4月2日土曜日

映画『最後の1本』

『最後の1本』という映画を紹介する。アイスランドを舞台に、カナダ人の映像作家が制作したドキュメンタリー映画ということになっているが、アイスランド流ブラックユーモアが遺憾なく発揮され、コメディ映画に仕上がっている

今のところ、そのDVDTSUTAYAで借りられる。新作から早くも準新作に落ちていて、さらに旧作に転落して棚から消えてしまうのも時間の問題だ。ということもあって、急ぎ話題に上げておく。
加えて、アメリカ大統領選挙がヒートアップしている今、その注目人物ドナルド・トランプという、アメリカに少なからずいる「オス」タイプを体現するアメリカ男も登場していて、そのばかばかしさが無害なればこそ楽しめるのです、この映画は。今が見る旬かもしれない。

アイスランド北部、もう少しで北極圏に届く海辺の町フーサヴィークは二つのもので知られている。ひとつはクジラ・ウォッンチングの基地として、もうひとつは「世界唯一」を誇る「ペニス博物館」だ。
コレクションの主、シッギことシグルズル・ヒャルタルソンは長年かけて哺乳類のオスの生殖器官を集めてきたが、その数は増える一方で、とうてい自宅に収容しきれなくなり、専門の博物館を作って展示することにしたのだ。
小はハムスター、大はマッコウクジラ、レア物としては絶滅種のホラアナグマにいたるまで、アイスランドの陸上・水中に生息する哺乳類の「モノ」を網羅するにいたった。けれども、ありふれた1種類だけは入手できないでいた。霊長類ヒト科のオスのそれである。人間のモノとなると、本人の法的承諾なしにいただくわけにはいかないからだ。

こんなものを集めているからといって、シッギは変わり者でもなんでもない。根っからの教育者だ。21世紀にもなって、あいかわらずタブー視される男根について、何のわだかまりもなく見て、知って、体得してもらうことで、偏見を取り除けるのではないか、と。首都に近いアクラネスの高等学校で歴史を教えるかたわら、アイスランドの野生動物、ホッキョクギツネとの共生を訴える本を書き、歴史書を翻訳することにも同じだけの情熱を傾けている。
エディンバラ大学でラテンアメリカ史とスペイン語を修得しただけあって、バルトロメ・デ・ラス・カサスの名高い著作『インディアスの破壊についての簡潔な報告』を訳し終えたいと思っている。自分のコレクションの完成と並んで、この課題も人生の最終目標となっていて、最終的にそのどちらも達成する。
落ち着いて信頼できる人柄のシッギは、穏やかで温かい家庭を築いている。

さてそこに、死後、自分のモノを寄贈したいという人物が名乗りを上げてくれた。老齢の今では想像するのも困難だが、その男パウル・アラソンは、若かりし頃は功名心にはちきれんばかりで、冒険と女に明け暮れた自慢話を人生の勲章としている。

その5年後、つぎの提供希望者が名乗りを上げる。大西洋の向こうのアメリカの、さらに向こうのカリフォルニア州で牧場をやっているトム・ミッチェルという、一見マッチョだが、自分を心底信じきれてなさそうな目をした男である。

映画はこの二人を平行して追っていく。
一方のアイスランドの元カサノバはいつになったら死んでくれるのだろうか。
対するアメリカ男は、自分が「ペニス博物館」のヒト科の収蔵品の一番乗りになるためなら、生きているうちに切り取ってもいいと思い始める。

この男の自分のモノに対する偏執狂的こだわりは、しだいにシッギにとって悪夢となっていく。「エルモ」という愛称で呼び、その名声を高めてやるのだと言って、先っぽに星条旗のタトゥーを彫りつける。展示ケースを自分でデザインする。はては博物館のオフシーズンはエルモをアメリカに返してもらいたいと言うにいたって、さすがの温厚なシッギもこの男を厄介払いしたいと思うようになる。
だが、彼の妄想はとどまるところを知らず、「エルモ」をネタにしたテーマパークを作るだの、コミック本で活躍させるだのと言って寄越すだけでない。「なま」エルモにコスプレ衣装を着せては、写真をメールで送りつけてくる。文字通りの疫病神になりはてていた。

シッギは自分の健康に不安を抱える身でもあり、万が一のことを考えて、自分のモノを博物館に寄贈するという書類にサインした。

そうこうするうちに、ついにパウル老人が亡くなった。享年96歳。じつはここ数年、自分のモノが急速に縮んでいくことを案じていた。シッギもそこのところは気にかけていた。というのも、ヒト科のモノは最低12.7cmとすると規準を定めているからだ(この数字は歴史文献にもとづいている)。ともかく蓋を開けてみるまでだ。

待望の品は無事、容器に納められた。贈答品のように青いセロファンにくるまれ、きれいにリボンをかけられて、前々から指名を受けていた執刀医、ピエトゥル・ピエトゥルソンの手によってシッギに引き渡された。この晴れの時を祝して医師は自作の詩を用意し、その場で吟じてみせた。しっかり韻を踏んでいて、リズムが快い。

冬の凍てつく道を運転して、貴重な贈り物を自宅まで運んでいくと、シッギはいつもの作業台に神聖な器を安置した。どことなく酢漬けニシンの容器に似ていなくもない。蓋を開け、モノを台の上に伸ばしてからノギスで計測する。文句なしの逸物


原題はThe Final Member20144月公開。
制作はカナダ人映像作家、Jonah Bekhor Zach Math
https://www.youtube.com/watch?v=sZMaheZ_Iy0


ペニス博物館は今ではレイキャヴィークに移転して、シッギの息子のヒョルトゥル・シグルズソンが館長をつとめている。
http://www.phallus.is/en/

(この映画の日本語字幕に出てくる人名の読み方があまりにデタラメなので、この紹介文では妥当な読みに変えてある)

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