山尾根で いたちの赤子を拾ったから 五月三十一日はイタロ記念日
日付の読みが長すぎて、無意味に字余り。字数合わせに日付を変えて、「ごがつみそか」にしてみたとて、だれの耳に届きましょうか、このパロディ句は。
前回、房総の家のことを書いた。その地の山が「いたちのイタロのいたところ」だ。
まだ目の開かない幼い仔をその山で見つけ、東京の自宅に連れ帰って育てたあと、ふたたび同じ山のほぼ同じ場所に帰した顛末は、『いたちの生いたち』と題して記しておいた。その記録から当時のことを引っ張りだしてみることにする。
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イタロ・拾って3日目 |
1998年
五月三十一日(日曜日)、午後三時ごろ、裏山の尾根道を歩いていると、笹藪のなかでキーキーと鳴き声がする。鳥の雛だろうか。笹を押し分けて少し降りると、まだ目の開いていない小動物の赤ん坊が、地表の穴から頭をのぞかせ、鳴きたてている。その顔にニクバエが一匹、さかんに止まったり離れたりしている。その小さな生き物のほうに手を出しても引っ込むようすがないので、穴から取り出し、先へ行っている夫に追いついて見せた。だが、野生動物を育てるのは無理だということになって、もとの場所に引き返して穴の中に入れ直す。そのうち親が戻ってくるだろう。
ちょうどそこに群生していた蕗を摘んでいく。
尾根道を端までたどって、新しく生え出てきた笹の新芽を見つけしだい踏み折ってやる。その間、あの仔を育てる可能性について考え続けていた。
動物の糞を見つける。まったく同じものがうちのすぐ裏手の尾根道にもあった。真っ黒で、種らしきものだらけ。木の実を食べる小動物?にしては大うんこではないか。
そのときの山歩きは、蔓払いをすることが目的だった。そのためにわざわざ買った鉈を試すはずだったが、今回はあまり気乗りがせず、一時間ほどで引き返す。
蕗が目印となっているあの場所に、いやでも意識が集中。笹藪のなかからまだ声が聞こえる。だが、非常に弱々しい。ちょっとためらったあと、藪に分け入ってみる。
さきほどと同じ光景が展開されていた。ただし、今度はニクバエが二匹に増えていて、かわるがわる仔の顔にとまっている。その光景に、死が差し迫っていることが感じられる。
どうせ死ぬなら、人間の手もとで死ぬのも同じだ。仔を引っぱり出し、軍手をはめた手で包んで持ち帰る。片手で包みこめる大きさ。体は前より冷えている。
さいわい家にはミルクがあった。それをまず少し温めてみたものの、どうやって飲ませるか。コットンを細紐状に撚って、皿のミルクに浸し、反対側の端から飲ませてみようとした。だが、そもそもコットン紐をくわえてくれない。
つぎに綿棒にミルクをひたして口に押し込むと、ガヂガヂ噛むようにして少しは飲めている。
額の上から首筋にかけて、細長い白っぽい小さなものに覆われている。雑草の種に見えた。
「あっ、あのときハエが卵を産みつけていたのだ」
払ったり、濡れ布巾でこすったりして、ついているものを落とそうとしたが、なかなかとれてくれない。それでも忍耐強く続けているうちに、すっかりきれいになった。
その小さな生き物はけっこう臭い。目の前でオシッコをしたとき、匂いがモロに立ちのぼった。腹から直接、水が湧いて出てくる感じ。はて、雌だろうか?
その仔を連れて東京に帰る道中の長いこと。この動物は何かという議論。いたち以外、考えられない。
頭と背中に灰色の毛が十分生えそろっているものの、腹部はピンクの地肌のままで、見るからに生まれたての仔だ。嬰児にしては鋭い犬歯が、砂粒のように小さいながら、上下ともしっかり生えている。胴長で(胴体を伸ばした状態で頭胴長が十センチ以上ある)、足は短く、毛の生えた指の先に小さな爪。この手の形が、これは絶対にネズミではない、と確信させる。そのほか、太くて短い尻尾が肉体の一部としてついていて、体と同じように毛が生えている点もネズミではない。
とぼしい動物体験を総動員してもこの程度。何といっても、以前夫が家の近くで、いたちらしき動物を目撃しているのが最大の決め手となった。
では、なぜ幼いいたちが巣穴から出てきたのかという疑問。
1.親が巣の引っ越しをしたとき、忘れられた。
2.親が獲物あさりに出たまま、敵(蛇、カラス、トンビ)にやられたかして戻ってこなかった--そこで、残された仔のなかでも元気のいい一匹が、空腹に耐えきれずに外まで出てきた。
3.いずれ親がもどってくるはずだった。・・・それにしても、この仔が顔をのぞかせていた穴は非常に狭く、親が通れる大きさに見えなかった。
東京の自宅にもどると、閉店まぎわの薬局でスポイトを購入。綿棒よりはましだが、首を振り立てるので、スポイトの先端で口が傷つきそう。以前、赤ん坊猫にしてやったように、お腹を濡れティシューでなでてやったら、さっそく排尿、排便。
発泡スチロールの箱にティシューを丸めたものをたくさん置いて、そのなかに入れてやると、体をもぐりこませて寝る態勢をとってくれた。
(『いたちの生いたち』より)