2021年8月31日火曜日

死者たちの夏


 

夏は死者たちがよみがえってくる季節だ。あの世に収容上限数などないだろうが、それでなくても旧盆が鎮座している8月には、数多の死者が生者にまみえるなか、2度の原爆投下の日、日航機墜落事故といった追悼の日が並んでいる。わが家の凛々しい黒猫〈わやん〉が15日に旅立ったことは、以前書き記した

 

今年の7月だった、夜半の寝覚めに、40余年前に亡くなった知人のこと、その死を知らされたときの状況がよみがえってきたのは。眠れないまま起き出して、その名をネット検索していくうちに、その人の思い出が綴られたブログ記事に到達することになった。

「まるで海辺に打ち上げられた瓶をたまたま拾って、中の手紙を読んでいるみたいで、呆然としてしまいました」。地球の反対側におられる未知のブログ主にそう書き送った。

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突如、何の脈絡もなく、知っている音楽が心によみがえってくることがある。そういう体験は悪くない。たいがい、頭にしまわれている音楽が、立体感をともなって聞こえてくるのだから。

 思いもよらない直観や連想がはたらく、あるいは偶然に恵まれるという体験もそれと似ている。少なくとも、わたしには悪くないこととして受け止められる。

直観や連想がはたらき、偶然に恵まれる--それはどこからどういう経路をたどってやってくるのだ?神経回路のなせるわざなのか?

 ともかくも死者たちは、直接知っていた人ならなおさら、多くの面を持つ人物像として、わたしの心によみがえってくる

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