2016年5月11日水曜日

琥珀の力

先月のうちに区切りをつけておきたかった話題。長々と休んでいるあいだに水気が失せ、鮮度も落ちたが、「琥珀の力」というタイトルでしめくくりたい。もちろん『ジュラシック・パーク』やオカルト系の話ではない。

アイスランド語で「電気」のこと  rafmagn raf 琥珀、magn 力)という。
新しく造られた語だ。格変化が厳格なため、アイスランド語は、ほかのゲルマン語系言語のように気軽にラテン語、その他の言語に由来する外来語を取り入れるわけにいかない。新しい文物には、既成の語を組み合わせた語を新たに造ってやらねばならない。この「ラヴマグン(琥珀力)=電気」はギリシャ語の原義をふまえた造語なのだ。

カタカナ外来語があふれているとはいえ、日本語は漢語で外来のものや概念を簡明に表す新語が考案されてきた。「電気」などなかなかの出来で、今もって「エレキ」系の外来語に取ってかわる気配はない。「人工衛星」もうまい造語だ。アイスランド語の gervitungl (人工+月)よりうまく考えられている。

それはそうと、なぜ電気が「琥珀力」なのか? 琥珀の何が電気なのか?
琥珀をこすると静電気を帯びる。この性質については古くから知られていて、ギリシャ語の琥珀 ηλεκτρον elektronでもって電気をあらわす語が作られたというわけだ。

ところで、このエレクトロンという語自体、「太陽の石」という意味を持つそうだ。
なぜ琥珀が「太陽の石」か、ということになると、古代の民間説話と神話が一定の説明をしてくれている。
ギリシャ神話をひもとくなら、有名なファエトンの物語のなかで「太陽の石」の由来が語られる。太陽神ヘリオスの息子ファエトンは、父の所有する太陽の二輪車に乗りたくてたまらない。ようやく願いがかなって車を走らせてみると、操縦が未熟なせいで太陽の軌道をはずれてしまい、大地が焼け焦げるにいたって、ついには父の手で二輪車から撃ち落とされて死ぬ。(まるで当今のガキが親の車で暴走し、激突死するようなものだな)。
ファエトンの姉妹たちは彼の死を嘆き悲しみ、泣きに泣くうちにポプラの木に変身し、なおも涙は樹脂となって流れた。その樹脂が陽ざしを浴びて乾き、川底に沈んで琥珀になったという。


この話がローマ時代の詩人オヴィディウスの手にかかると、細部が肉づけされ、ちょっとした読み物となる。彼の著『変身物語(メタモルポーセス』の巻2で、太陽の二輪車に乗りたがったパエトンの話が語られる。その描写のドラマチックなこと、さながらスペクタクル映画『パエトンと黄金の二輪車』のシナリオといっていい。

アイスランド語の「琥珀力=電気」については、思ったとおり、1行で終わってしまう話題だったが、琥珀について探索していくと、知らなかった話がつぎつぎと数珠つなぎになって出てきて、収拾がつかなくなるほどだ。
琥珀そのものが、ギリシャ、ローマの時代から人々の想像力をかきたててきただけでなく、財としての力もじゅうぶん発揮した。「琥珀力」を言うなら、こっちの話題のほうにふさわしいかもしれない。

古代ローマで琥珀は「北の黄金」と呼ばれて珍重され、バルト海からローマへ運んでくる「琥珀の道」までできていた。13世紀になって今のポーランド北部に入植してきたドイツ騎士団が、琥珀の捕獲権を一手に握ることになり、それが彼らに富をもたらした。というのも、当時ヨーロッパでは「琥珀のロザリオ」が霊験あらたかだとして熱狂的に求められ、価値が高まったからだ。

キアラン・カーソンというアイルランドの作家に『琥珀捕り』という作品がある。(Fishingfor Amber by Ciaran Carson, 1999 / 栩木伸明訳・東京創元社・2004 )。さながら海荒れのあとの浜辺に打ち上げられた物を拾い上げ、そこからとりとめなく話を紡いでいくような味わいの語り物だ。かんじんの琥珀はあまり出てこない。とはいえ、ドイツ騎士団の琥珀の捕獲権とロザリオについては、ポーランド人水夫の口を借りてしっかり語っている。カトリックの国アイルランドに、琥珀のロザリオの古い伝承が残っていても不思議ではない。

今回参考にさせてもらったのは、武田充司氏の「リトアニア史余談」。日本の原子力研究の草分けの方のようだ。「電気系」という同窓会同期の人たちで作っているブログのなかで遭遇することになった。これも何かの奇縁かもしれない。
氏による琥珀の解説を引用しておくと――

琥珀の学名はサクシナイト(succinite)であるが、現存しない松の一種“amberrich pine”と俗称される学名“pius succinifera”という木の樹液が固まって化石となったものだ。新生代第三期の始新世(Eocene5300万年前~3400万年前)の末期に、この樹木が現在のバルト海地域を覆っていた。その後、氷河期がおとずれ、最後の氷河期が終ると北欧を覆っていた厚い氷の層が融け、この地域は広大な海となった。しかし、厚い氷の重みから解放された大地は徐々に隆起し、現在のような湖の多い低地と浅いバルト海が形成された。琥珀は密度が1.051.10と軽いので生成された場所に長く留まることなく、川の流れや洪水で低地へ押し流されてゆく。そして、バルト海という盆地に流れ込んだのが「バルト海の琥珀」である。嵐のあとは、海岸付近の浅い海底に埋もれていた琥珀が強い波の作用で海岸の砂浜に打ち上げられる。



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