2019年2月14日木曜日

エリック・ワイナー


エリック・ワイナーという書き手がいる。ジャーナリストとしての豊富な取材経験にウィットとひらめきを交え、持ち前の饒舌でもって巧みに語っていく。そんなところに読者を引き込む魅力が隠されているようだ。

著書として『世界しあわせ紀行』と『世界天才紀行』の2冊が日本ではよく知られている。どちらも関根光宏訳で早川書房から出ている(それぞれ2012年、2016年)。
著者紹介によれば「アメリカのジャーナリスト。『ニューヨーク・タイムズ』の記者を経て、NPR(全米公共ラジオ)の特派員としてニューデリー、エルサレム、東京などに暮らし、30カ国以上で取材した経験を持つ」ということである。


わたしはワイナーの『世界しあわせ紀行』を読んで、著者のひらめきに感じるものがあり、それを今後小出しに話題にしていきたいと思っている。
それはあくまでも著者の語り(あるいは頭の柔軟性)に誘発されてのもので、昨今の「幸福論」などとつながろうはずがない。
このところの「幸福談義」は、衣食足った世界に浮上する一過性の流行病のように感じられる。今、思いついて「幸福ぶらさがり症候群」と名付けてみた。幸福について論じる自分は意識が高い、正しい側にいる、と思ってもらえるから論じるまでである。

以前、当ブログの記事にした『限りなく完璧に近い人々~なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』KADOKAWA 2016)は、著者マイケル・ブースがやはり豊富な経験と巧みな語りの持ち主であり、ワイナーとは別の味わいが楽しめる(何しろフードジャーナリストなのだ)。

経験豊富で世界を見てきたジャーナリストなら、数多くのエスニック・ジョークを持ち合わせているだろう。エリック・ワイナーは『世界しあわせ紀行』の最終章で自国アメリカについて語るなかでこんな小話を引っ張ってくる。

 ある人にとっての楽園は、別の人にとっては地獄にもなりうるし、そのまた逆もありうる。数世紀前、布教のためにグリーンランドにはじめて上陸したヨーロッパの宣教師は、いわゆる飴と鞭の方法を採用し、異教徒である現地の人々に対して次のように説いた。天国に行きたければ改宗しなさい。さもないと永遠に地獄をさまようことになる。
「地獄とはどんなところですか?」と、好奇心旺盛なグリーンランドの人々が口ぐちに尋ねた。
「とても暑い場所です」と宣教師が答える。「しかも、四六時中その暑さにさらされます」
 するとグリーンランドの人々は、凍てつく北極のツンドラを見回してこう言った。「ありがたい。では私たちは地獄を選ぶことにします」
エリック・ワイナー『世界しあわせ紀行』p.417・関根光宏訳)

ワイナーのこのエスニック・ジョークをわたしは軽く読みとばすことができなかった。
先月、グリーンランドを舞台にした絵本『雪の子アプツィアック』のことを取り上げたばかりである。グリーンランドの土地を糧にして生きる男が、最後にエスキモーの天国に到達し、生前なれ親しんできた人々や動物たちに囲まれて、しあわせに暮らしている場面で物語は終わるのだ。

半世紀前、ポール-エミール・ヴィクトールがこの絵本を作った当時、きっとあのエスニック・ジョークが紋切型のように語られていたろう。作者はそれを追放したかったのだろう。たとえ「キリスト教の押しつけ」になろうとも。



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