雨の上野公園。こんな氷雨の日は外出をやめたいところだが、今回は特別の催しがあり、逃すわけにいかない。東京文化会館小ホールで室内楽の演奏を聴く機会にめぐまれたのだ。
それは ARTmeetsMUSIC という企画のもと、美術と音楽を時代でつなげようという試みである。
ちょうど今、東京都美術館で〈奇想の系譜~江戸絵画のミラクルワールド〉という絵画展が開かれているのに合わせて、東京都交響楽団のトップメンバーがこの企画にふさわしい曲を選んでくれていた。
ひとつはハイドンの弦楽四重奏曲62番《皇帝》、もうひとつは、先のカルテット・メンバーにピアニストの小川典子が加わって、シューマンのピアノ五重奏曲 Op.44 。
日本の江戸時代に当たる年代に活躍した作曲家のなかから、古典派とロマン派の二人を取り上げて、それらの対照ぶりがわかる曲が選ばれている。先行・支配する音楽と、それに対抗してみせる音楽。形式のうちにあって安心感をおぼえる音楽と、何が起こるか予測のつかない奇想の音楽。
シューマンのピアノ五重奏曲は、まさしく心の深い部分をざわつかせる曲だ。「なぜ、そんな」と言いたくなる展開。いったい何があったのか、何があったにせよ、そうなるしかない、歩みを続けるかぎり、とでもいうように。若い心が逸るあまり、ここから飛び出していく衝動に駆られるように。そうやって5つの楽器が絡み合い、たたみかけていく。逸る心が性急に追い求めていく。
聴き手からすれば、ざわざわ、ぞわぞわする感覚が自分の内部でかきたてられ、立ち昇っていくのを押しとどめようがなかった。
演奏会が終わると、上野公園の別の一角にある東京都美術館へ向かった。そこでは〈奇想の系譜~江戸絵画のミラクルワールド〉が待っている。
岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳、白隠慧鶴、鈴木其一が一堂に会するという豊穣ぶりに、広い会場空間は、絵画から漏れだすざわめきに満たされているかのようだ。さきほどのシューマンの音楽によってかきたてられたざわざわ、ぞわぞわする感覚がそう思わせるのか。
わたしはこれらの絵師たちの作品に、絵そのものを見たのか、それとも音楽を聴いたのか、はっきり言うことができない。
人の心のふとした隙間から立ち昇ってくる「ぞわぞわ感」は、思いがけない時に出現するらしい。