2017年8月13日日曜日

あの夏の日

昨日の夕方、羽田を出発したANAの飛行機が、離陸後まもなく、機体の異常により引き返すという出来事があった。
それ自体、別に珍しいトラブルではなく、機は手順に従って、もとの空港に引き返し、無事着陸したまでだ。
だが、よりによってその日に、というわけで、このニュースは人の心をざわめかせるには十分だった。32年前のその日の同時刻、やはり羽田から伊丹に向けて出発した日航ジャンボ機が、迷走の末、群馬県の山尾根に墜落するという痛ましい出来事があったのだから。

32年前の墜落事故は、お盆の時期だったことも相俟って、日本人の心の深いところをつかんで揺さぶった。だから昨日のニュースを聞いて、人それぞれ、記憶を呼び覚まされ、情動をかきたてられたのだろう。あの事故のニュースに接したとき、自分がどこで何をしていたか、あらためて思い返し、当時を俯瞰して見た人も多かろう。

わたしはイギリスの北の先、オークニー諸島で日航機墜落のニュースに接することになった。

北欧とイギリス・アイルランドの民俗音楽を現地で追いかけるようになったのが1985年の夏だった。
いつも通り、コペンハーゲンをヨーロッパの玄関口にして、スウェーデンではダーラナ地方の〈フィドラーの集い〉、フィンランドでは民俗音楽の中心地カウスティネンの国際民俗音楽祭、それからノルウェー南部で、独特の音色を出す細工がほどこされたフィドルによる渋い音楽を堪能した。
そうして、ベルゲン~ニューカッスルのフェリー航路でイギリスに上陸した。

オークニー諸島は〈アイスランド・サガ〉の舞台にもなっている。ならば、ついでに訪れてみるか。そのくらいの気持ちの乗りでやってきて、まだまだ夏の観光シーズンが続いているなか、それなりの見もの、聴きものを楽しむことになった。
ともかく、滞在中の町の食堂で夕飯を食べている最中だった。そこのテレビから、日航機が墜落したというニュースが流れてきたのは。
東京に近い山に落ちたとか、乗客のなかに人気歌手が含まれているといった情報は、まだ明るい夕刻の空の下では現実の色あいが感じられなかった。テレビも白黒だった。

食堂の女主人は、わたしが日本人であることを確かめてから、心のこもった言葉をかけてくれた。

2017年8月11日金曜日

別の夏休みに

〈永遠の夏休み〉という言い方そのものが、実体のない象徴のようなものだったはずだのに--。

高校時代の夏休み、目をこらして見つめていた先は、何年かたって、自分の現実の居場所となっていた。それは日本の対蹠地たる南米ほど遠くはないものの、やはり地球の裏側となるヨーロッパのはずれだった。

その夏、わたしはアイスランドを去って、デンマークにやってきた。まずはコペンハーゲン大学の夏期デンマーク語講習に参加することになっていた。

割り当てられたクラスは、デンマーク人配偶者のいる人など、デンマーク語の基本は身につけている外国人のためのものだった。(わたしの場合、アイスランド大学のデンマーク人講師に書いてもらった学業評価を見せたところ、そのクラスを指定された)。

授業といっても、いわゆる語学学習の場ではないので、机は円形に並べられ、若い男性教師が、その場に応じた話題を振り、課題を出して、授業の進行役をつとめていたように記憶している。

ある時、ferie (休暇)という題で作文を書いてくるようにという宿題が出た。わたしは雑誌か何かで読んだ話題を借用して、さっさと書き上げた。今となってそれを再現するすべはないが、細部はともかく、出だしとくくりの言い回しはまちがいなくその通り、文章の流れもそのままと言っていい、つぎのような短文をしたためた。

「われわれの神もまた世界を創造した。だが、7日目に休むということはしなかった。少なくとも、神が休んだなどという話は神話にない。

そんなわけで、過去の日本人は、七日ごとに休みをとるなど思いもよらず、来る日も来る日も働いてきた。
もちろん今では日曜、祝日、休暇がある。
学校の生徒には夏休みなどの長期休暇がある。
でも、せっかくの長い休みも、宿題の仕上げや、そのほかの課題があってつぶれる。
勤労者には有給休暇がある。けれども、それは病気で欠勤するといった不測の事態にそなえて、なるたけ使わないでとっておくものとされている。
そのように、われわれはろくに休暇を楽しめないでいる。どれもこれもわれわれの神さまのせいだ。だって7日目に休んでくれなかったのだから」


つぎの授業の時、その作文は Meget sjov!(すごく面白い)という教師のほめ言葉をもらったうえに、わたしがクラスの皆に読んで聞かせて、話題作りにひと役買うことにもなった。