2017年10月2日月曜日

水中のメロディ

長らく遠ざかっていたが、近所に新しい温水プールができたのを機に、水泳を再開するようになった。昔の泳ぎを取り戻しかけているといったところか。
といっても昔だって、泳ぎが得意だったわけではない。下半身の力はもっとあったはず。それでも、25mコースを休まず2往復できれば調子がいい、というレベルだったろう。海では軽々と、いくらでも泳げるように思えた。
で、今はといえば、「上半身」、「下半身」、「息つぎ」の三者を、自分の中でどう結び合わせたらたらいいのかわからない、といった状態。それよりもまず、足全体が冷えを訴えて、水中から退散したがる。そうなれば採暖室に逃げ込むまでだ。暖まったベンチで冷えた足をなだめながら、思いつく限りのストレッチ運動をやっていく。それでようやく下半身が力を取り戻す。

ある日、採暖室からプールに戻って泳いでいると、これまでにない体験をすることになった。
クロールで泳いでいくうちに、突然、上半身から暖気が発し、水を搔く手がリズムを刻み、そのリズムに乗って単調なメロディが聞こえてきたのだ。まるで水中にすでにリズム付きのメロディが溶け込んでいるかのように。それを体がとらえたとたんに手足はリズムに乗って、体を軽々と運んでいく。永遠に続けられるくらい。
プールから上がったあとも、その4拍の単調なメロディが、しばらく頭のなかで、寄せ波のように繰り返し打ち寄せた。だが、いったん頭から消えてしまったら、もう思い出せなかった。

ところが数日後、同じことが起こった。採暖室で休んだあと、プールに戻ってクロールで泳ぎだすと、一瞬、暖気を感じ、前と同じメロディが4拍のリズムに乗って聞こえた。だが、それも2、3度で止んだ。
何はともあれメロディを取り戻し、それを記憶する糸口を見いだした。『夕焼け小焼け』の唱歌にあったはずだ。

夕焼け小焼けで日が暮れて
山のお寺の鐘がなる
おててつないでみなかえろう 
からすといっしょにかえりましょ

頭の中で歌っていくと、「みなかえろう」の部分がまさにあのメロディだった。「みな、かえ、ろう、ーー」という地味な節。それが水中で4拍のリズムを刻みながら繰り返されていたのだ。

不思議なのは、その4拍のメロディが別の日に再現されたこと。体がぽっと暖かくなるのと同時に、同じメロディが聞こえてきたのだ。水中で自分の体を自然体に感じるとき、内部に秘められていたメロディが自然に出てくるとでもいうように。そうなれば、力まずとも水面を進むことができ、自然に息つぎをしている。つかのま水棲哺乳類になった気分。
まだ試してないが、水中深く潜るのもむずかしくないかもしれない。

これは「ランナーズ・ハイ」のようなものだろうか。「ランナーズ・ハイ」なら自分の実感として知っている。
そこでネット検索してみると、すぐに「スイマーズ・ハイ」という言葉に行き当たった。これもよく知られている現象らしい。特にクロールでハイになるので、「クロール・ハイ」と言ったりもするようだ。

だが、ネットの情報には、体から暖気が発したり、リズムに乗ったメロディを体感したりといった記述までは見当たらない。